今、勢いが凄い俳優といえば山田裕貴ですね。映画「あゝ荒野」での熱演も光っていました。

そんな山田裕貴ですが、なんでも父親がプロ野球選手みたいなんですが、山田裕貴自身も愛知県の名門である東邦高校で野球をしてたなんていう噂も。だとしたら、相当うまいですね。

でも、山田裕貴は野球を辞めて俳優の道を選んだんですが、辞めた理由は一体なんだったんでしょうかね。また、山田裕貴の高校時代の画像も見たいところです。

今回は、そんな山田裕貴について記載していきます。

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山田裕貴は東邦高校で野球してた?

山田裕貴は東邦高校で野球をしていたんですかね。

山田裕貴といえば、海賊戦隊ゴーカイジャーのゴーカイブルーで俳優デビューを果たしました。

そのルックスから、テレビの前の子供だけではなくお母さん達からも強い人気を得ています。

最近では、テレビドラマ「僕たちがやりました」や、映画「亜人」にも出演し活躍しています。

そんな山田裕貴ですが、元プロ野球選手の山田和利を父親に持ちます。

幼い頃から父親の影響で野球を始め、中学生まで野球部に所属し頑張っていたそうです。

詳細な出身高校は明かされていませんが、父親の山田和利も卒業している野球の強豪校「東邦高校」へ進学したのではないかという情報があります。

しかし、中学生まで続けていた野球も高校で辞めてしまったそうなのです。

なので、今現在では山田裕貴は東邦高校野球部で野球をしていたのかはわかりませんでした。

山田裕貴が野球を辞めた理由は?

山田裕貴が野球を辞めた理由が気になりますよね。

父親の山田和利は1983年のドラフト会議でドラフト4位に指名され、地元愛知県の球団、中日ドラゴンズへ入団します。

その後内野手として活躍し、1996年怪我の為、現役を引退しました。

その後もプロ野球チームでコーチを務めています。

そんな父親の元で中学生まで野球を頑張っていましたが「プロ野球選手にはなれない」と感じ、高校では野球を辞めてしまったそうなのです。

父親の山田和利は息子の山田裕貴に対して、野球の事になるとかなり厳しかったそうなのです。

コーチをしているから余計に厳しさが生まれてしまったのかもしれませんね。

あまりに厳しくされ過ぎてしまったのか、山田裕貴は野球に対して心が折れてしまったのかもしれませんね。

しかし、プロ野球選手になれないと思い野球すらも辞めてしまうという事は、プロ野球選手になる事のみを目指してずっと頑張っていたということですよね。

野球は辞めてしまいましたが、野球を見るのは好きなようで、たまに血が騒ぐ時もあるそうです。山田裕貴が野球を辞めた理由でした。

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山田裕貴の高校時代の画像はある?

山田裕貴の高校時代の画像はあるのでしょうか。あるなら見てみたいですね。

山田裕貴は1990年9月18日生まれの現在27歳です。

27歳ということは高校時代はおよそ10年前ですね。

山田裕貴の画像を検索しても、出演している作品で高校生役を務めている画像がほとんどで、実際の高校時代の画像はあまりありませんでした。

10年前ですからね。SNSの今よりさほど普及していないので、本人が公表しない限りはなかなか見られないのかもしれません。

と、探していると一枚高校時代の時であろう制服を着た画像をみつけました。

その時すでに髪が長く、野球をしているような雰囲気ではありません。

しかし、イケメンです。さぞモテたことでしょう。

土屋太鳳主演の青春映画「青空エール」で高校球児役としてユニフォームを着ている画像もみつけました。野球をしていた学生時代を想像できる一枚でした。山田裕貴の高校時代の画像の情報でした。

今回は、山田裕貴について記載しました。

山田裕貴が父親と同じ東邦高校で野球をしていたのかどうか不明ですが、少しくらいはやっていたでしょうね。そうでなければ、東邦高校に行く意味がないですからね・・・。また、辞めた理由は父親がプロ野球選手であるが故なんでしょう。いろいろと大変だったんですね。貴重な高校時代っぽい画像はありました。めちゃくちゃイケメンですね。さすがですよ、ほんとに。

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